一つの事柄に対して違う意見が出た時、自分の意見と相手の意見の二択になってしまう事がよくある。


相談のつもりが論破合戦になってしまうそういう時は、なんだかとてもきまりが悪い。自分の意見が採用になっても喜べないし、相手の意見が採用になっても釈然としない。


話してみて真ん中を取るとか、全然違う結果が出るとか、そういうので良いはずなのに、違う意見を聞くと、それを否定したり、逆に、相手の意見を丸飲みしたりしてしまう。

人によるんだろうが、私の場合は一番先に来るのは「嫌われたくなさ」だ。話し合って互いの意見に対してああだこうだ言うよりは「うん、わかった!」と言って飲み込んだ方が揉める可能性がなくなる。あとの悶々は自分で処理すればいいだけの話だ。


でもそれは結局、相手と向き合う時に生まれるであろうほつれを、まるでゴミ箱に押し込むように自分の中に入れているだけで、相手の為でもなんでもない。私が嫌な気分にならないために、私が自分を潰しているのだ。
その場合、相手は誰と話していることになるんだろう。


よく、ロック付きのトランクをイメージする。押し込んで押し込んで、もう無理だと思っても、最後のロックがカチリととまれば一応「収まった」ことになる。
どこまでならそのロックが効くのだろうかと試している時すらある。

…みたいなことを考えながら、実家に行く。
意見のすれ違いがあり、きつい言い方で反論をしてしまったのだが、散々文句を言った後「はー、まあいいや」と別の話題に移る。そこに不安感がないことに気づく。
戻れる関係がそこにあるなら、いくらでもすれ違えるのだ。