また、何日か分の日記です。
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ゾンビ道場の折り作業をお願いしていた方から、完成品を受け取る。
見てこれ!ずっしり!
私が封筒作りとか手紙書きとかをしている間に、この部数を折ってくれていたんだなあと思うと本当にありがたい。
目指せ出版!頑張って営業だ!
◆
家族が使わなくなった、緑色の万年筆をもらった。
緑色の万年筆は、これまで使ってきたものよりも線が太く、まだ手に馴染まない。これからどうやって仲良くなろうかな、と考える。
ウキウキしながら、インクを買いに行き、散々悩みまくった挙句、「よし!茶色だ!」と決めたのに、気が動転してなぜかバイオレットを買ってしまった。
◆
障害や、社会的マイノリティの問題について、乱暴な意見を見て息が詰まる。
正反対の意見を論破するようなものの言い方はどうも苦手だ。
のんきな意見かもしれないけど、真逆から来た人とも、なんとか、話してみたいな、と思っている。
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友達と会う約束。
心に違和感を感じた時、反射的にそこへ溶け込んで行こうとする癖がある。
例えば、コーヒーにミルクを入れた時、その瞬間は分離しているけど、かき混ぜるとそれは同化していくでしょ。ああいう感じ。
その瞬間は違和感でも、かき混ぜてしまえば「違和感」は消せるのかな、とか。
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公差転で、版画のワークショップ。テーマは「伝えたいことを書く」ということで、私は「とにかく寝ろ」というメッセージを書きました。よく食べてよく眠る事が大事。
例えば、コーヒーにミルクを入れた時、その瞬間は分離しているけど、かき混ぜるとそれは同化していくでしょ。ああいう感じ。
その瞬間は違和感でも、かき混ぜてしまえば「違和感」は消せるのかな、とか。
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公差転で、版画のワークショップ。テーマは「伝えたいことを書く」ということで、私は「とにかく寝ろ」というメッセージを書きました。よく食べてよく眠る事が大事。
しかしsleep、のつもりが誤ってLを彫ってしまい、seep(染み込む)になってしまった。
何か暗喩的に感じてちょっとニヤリとする。 (ただのうっかりミスですが…)
何か暗喩的に感じてちょっとニヤリとする。 (ただのうっかりミスですが…)
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ゾンビ道場の折り作業をお願いしていた方から、完成品を受け取る。
見てこれ!ずっしり!
私が封筒作りとか手紙書きとかをしている間に、この部数を折ってくれていたんだなあと思うと本当にありがたい。
目指せ出版!頑張って営業だ!
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家族が使わなくなった、緑色の万年筆をもらった。
緑色の万年筆は、これまで使ってきたものよりも線が太く、まだ手に馴染まない。これからどうやって仲良くなろうかな、と考える。
ウキウキしながら、インクを買いに行き、散々悩みまくった挙句、「よし!茶色だ!」と決めたのに、気が動転してなぜかバイオレットを買ってしまった。
「なんで?」と思ったけど、それはそれで何か新しくていいかもしれない(ってことにする)
街はクリスマスのイルミネーション。着飾ってプレゼントを買い求める人たち。ケーキ売り場の喧騒。皆どこか浮き足立っている。
私は電車の中で、自分が作るケーキのレシピを考える。普通のショートケーキかなあ。
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街はクリスマスのイルミネーション。着飾ってプレゼントを買い求める人たち。ケーキ売り場の喧騒。皆どこか浮き足立っている。
私は電車の中で、自分が作るケーキのレシピを考える。普通のショートケーキかなあ。
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ゾンビ道場を読んでくれている人から、送料用にと古い切手が届く。和紙のレターセット、開封するとお香のような匂いが。
手紙でのやり取りは、手間以上の趣があって好きです。
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障害や、社会的マイノリティの問題について、乱暴な意見を見て息が詰まる。
正反対の意見を論破するようなものの言い方はどうも苦手だ。
のんきな意見かもしれないけど、真逆から来た人とも、なんとか、話してみたいな、と思っている。
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友達と会う約束。
私の都合で急遽待ち合わせ場所を変えてもらった。いきなり変更してもらうのは失礼かな、と思いながらメールをしたんだけど、受け入れてもらえて安心。
「突然変更してしまってごめんね」と言ったら「言ってくれて嬉しい。知らないところで我慢されてたら悲しいし」と言われて面食らった。そんな風に思ってもらえるものなのか…。優しいのだな…。
「自分が我慢すれば丸く収まる」という癖をなるべくやめたい。
無理してまで合わせる事なのかどうか、考えると、案外「そこで意地をはる必要はなかったのでは」というところでチョコチョコ自分に負荷をかけている事に気がつく。
自分で全てまかなえるほど完璧なわけがないし、私が完璧ではない事も、周りの人はわかっているのだ。そして、周りにもまた、「完璧な人」なんていないんだ。
何度も思いつめて、何度も気づいて安心する。
なかなか学習しないものだね。
「突然変更してしまってごめんね」と言ったら「言ってくれて嬉しい。知らないところで我慢されてたら悲しいし」と言われて面食らった。そんな風に思ってもらえるものなのか…。優しいのだな…。
「自分が我慢すれば丸く収まる」という癖をなるべくやめたい。
無理してまで合わせる事なのかどうか、考えると、案外「そこで意地をはる必要はなかったのでは」というところでチョコチョコ自分に負荷をかけている事に気がつく。
自分で全てまかなえるほど完璧なわけがないし、私が完璧ではない事も、周りの人はわかっているのだ。そして、周りにもまた、「完璧な人」なんていないんだ。
何度も思いつめて、何度も気づいて安心する。
なかなか学習しないものだね。
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