大変遅くなりましたが、9/22にあさくさ劇亭にて行われたイベント「されど、望もう」についてのレポートです。
すでにアイコちゃんが当日のレポートを書いているので(こちら)、若干かぶる部分もあるかと思いますが、副音声的にライブペイントについて振り返ってみようと思います。

-----------


そもそもの経緯は、何かカウンター達の朗読会(この場合、葛原りょう氏も揃った形の事!)とは別に何かやろうよ、という話でした。
が、会場の下見をしている間に、あれもこれもやりたい!と話が盛り上がってしまい…。
かねてより画策していた計画の中から、アクリルパネルに絵を描く作戦に出てみることになりました。


アクリルパネル作戦は以前から考えていたものの、自立させる方法や、搬入出、材料費などの理由からずるずる先延ばしにしていたのですが、アイコちゃんのツルの一声で「よっしゃ」と踏み出したのであります。


そして迎えた当日。「二人で協力して」とはいえすごい荷物!しかもなぜか神田駅のエレベーターが故障中?修理中?で数々の階段を、二人で担いで歩く羽目に…。
しかしそれもまた賑やかで楽しかったな。

いよいよ本番!

タダさんによるナレーションを経て、まずは私が入場。何もない会場に、イーゼルを立て、透明マットを敷き、タイトルを描きます。

ぼくたちが生きる世界であなたが、 あなたが生きるせかいでぼくたちが、
この世界で一緒に生きているということを、もう一度、確認するために。
他人どうしが一緒に存在するとはどういうことか。
世界とは? 実感とは?
これはぼくたちの物語です。

入場には、白さんが作ってくれたオリジナルの入場曲を使ったのですが、これがとってもよかった!ワクワクと始まる高揚感が…!
タイトルを描く時、こっそり心配しているのが誤字です…。思い切って書いて「あ、トキンさん漢字間違えてる」ってなったらめっちゃ恥ずかしいじゃないですか。今回は無事でした。


そしてタダさんの弾き語り「No woman No cry」アイコちゃんの朗読「くそくらえのハンドサイン」と続きます。
私は左側のパネルに絵を。



今回のイベントは「他人に自分をわかってほしい」という気持ちと「他人や自分の気持ちを受け止める」という気持ちの二つだなというのを考えていて、こちらは、「わかってほしい」の子です。

アイコちゃんが事前にツイッターで「つらいから忘れたいけど大切だから忘れたくない思い出」というのを募集していたのですが、実は私も、他人のふりして自分のメッセージを送ろうと考えていたのです…。
ふふ…これ内緒ね…。

で、考えてたのですが、思い出すとすごいイライラしたんです。「聞いてほしいし言いたいし抱えておきたくないけど、丁寧に言葉にできるような気持ちではない」と。


家で考えていた当初のプランはもっとあからさまにこういう絵でした。ひえ〜。
もう闇雲に自傷的にちぎって放りたいけど、放った先に、受け取ってくれる人がほしい。そんな気持ちでした。
私にとって「わかってほしい」の気持ちは、自己や他者に対する苛立ちを含んでいるのだと思います。


解消すると、解消する前より増えるものって 
感情でたくさんあるし 
埋めると、埋める前より空っぽになることって 
感情でたくさんあるし 
わたしは、そういうことを全部言葉にして読み捨てたい 
 
ピーマンもゴーヤも大好きだけど  寂しい苦味なんて笑えないんだよ 
噛み砕いても噛み砕いても  寂しい苦味なんて笑えないままなんだよ 
(「くそくらえのハンドサイン」より)

------------
そして 「最後の光 / 虚しさが残るのはなぜ」「この衝動はきみのもの」を経て、第二部。
私は右側の絵にうつります。




こちらには、先ほどの絵のもう一方「受け取めたい」という気持ちの子を…。左側の子がちぎって投げたものを、ひとつずつ、縫い合わせています。


絵の計画を作っていた時、理解する・受け止める、というのは何かと考えていたんですが、それは相手(または内的な自分)を受け止める・近づくというより、つないでいく事のような気がしたんです。
まとまりのない気持ちの破片を、まとまらないままコツコツ縫い合わせていく事。

それはまさにこの「されど、望もう」全体のテーマでした。
お客さんの想いが、アイコちゃんによって作品になる、言葉になる、その空間に放たれる。それをその場にいる人皆で感じる。
そうする事で、破片が自分のものになり、他者の気持ちや、捨てようとした自分の思いが、現在の自分を形作っていく。

「今度こそもうだめだ」と繰り返し続けた毎日は 
ちゃんとわたしを今日に連れて来た 
今まで感じて来たすべての孤独は 
抱えきれなくて溢れ出したすべての孤独は 
ちゃんと自分自身の味方だったのだ 
(「前例を捨てよ、街へ出よう」より) 

集めたり積みあげたりするのではなく、縫い合わせるというのは、私なりの気持ちへの向き合い方です。大切に大切に、ひと針ずつつなげたいと思ったのさ。



----------------

そして両端の絵を裏返しに。
二人の女の子が向き合う形になり、バラバラの気持ちがつながり、第三部では一部・二部での思いが内側でなく外へ向かって行きます。

わたしたちは生きるバトンを投げまくり続けよう
命のことだけは諦めてる場合じゃない
自分のことを諦めている場合じゃない
生きてきた道を、もう一度、一緒に見ていこう、ね
 



一人、また一人、と後ろの壁に向かって歩いていく人たちを描きます…。

いろんな人の声を集めたアイコちゃんの朗読はいつにも増して、メッセージの主へ届けるぞ、という熱で切実さを増しており、私も、メッセージを書いた人や、お客さんや、とにかく「これはあなたなんだぞ」というのを考えながら描いていました。


正しい近道ができないわたしたちは あなたと一緒に取り戻せるだろうか
わたしは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
失くし続けたわたし自身を あなたと一緒に取り戻せるだろうか
押しつぶし続けたあなたの心は わたしたちと一緒に取り戻せるだろうか
一緒に取り戻せるだろうか
あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 (「その足元にまでも」より)
 
しかし、床に向かって描くというのはすごい体力がいるんですね。ある程度描き進めてから、気づきました。描いているとビニールに水が滴り「まずい!インクが滲む!ドリンクがこぼれたのかな」と思ってたら自分の汗でした。正直、我ながら「あっ、こういうの、ロックでかっこいい」と思いました。

そしてラスト!壁面に貼られた大きな黒い紙に、この日の会場、あさくさ劇亭の扉を描きます!
ここに集約させたかったんです。


自分の中の葛藤する思いが向き合い、そこから道が生まれ、そこを歩んだ人たちの先には、この日がある、ってこと。
この先の輝かしい未来があるなんて無責任な事は言えないけど、この日に、様々な思いを持ってここに来たということ。それは事実だから、「よく見えなかった」と言わせない形で、焼きつかせようと思った。

今この瞬間は あなたが毎日紡いできた証だ。
いまこの瞬間にいるのは、あなたが毎日を紡いできた証だ。
あなたが生きてきた証だ。
(「あなたのドキュメンタリー」より) 
 

 

圧倒的な景色は、忘れないで心に焼きつくでしょ。そしたら忘れられも消えもしないでしょ。
メンバーみんな、結構すごい体力を使って終わった後はヘトヘトだったよ。結構すごい頑張って来てくれたよね。だから私もあなたも、もうこの日の事は絶対に忘れないよね。
花マル!💮

うまいことやる方法は分かっていても  嘘がどうしてもできない 
どうしても絶対  どうしても絶対にできない 
だから死んでもいいなんて言えない 
だから殺してもいいなんて言えない 
どうしても絶対  どうしてもできるだけ 
死ぬか殺すか以外にもうひとつ  新しい選択肢をわたしたちでつくろう 
(「されど、望もう」より) 

新たな挑戦が多かったからこそ、すっごく達成感があり、また、いろんな人の協力で出来たのだなというのを強く感じた日でした。
私にとって絵を描くのは、払拭してしまえば楽になるかもしれない痛みを抱えても、死なずに生きている人に対する敬意です。どうか、受け取って下さい。なんなら、遠慮する人にも押し付けちゃいます。
「今日まで来られてお疲れ様、おめでとう」の花束を、まだまだ作っていきたいです。



これは約束だ
わたしたちは 希望と絶望を
これから 何度でも繰り返そうね
(「されど、望もう」より) 
■今回のイベントのメイキング映像を作りました。インタビューやトッキンキンです。



■掲載した動画や写真はすべてこちらにまとめています。ぜひ併せてご覧くださいませ。
「されど、望もう」(カウンター達の朗読回)YOUTUBEはこちら
「されど、望もう」ライブ写真はこちら(Flickr)

---------------------------------------
おまけ


「寂しくないために次の約束を作ろう」というアイコちゃんの想いに共感。勢い余って2017年の約束までしてしまいました。本気で気づきませんでした。