髪を切らねばと思う。あまりにもモッサリだ。またボブにしよう。
と思っていたら、Livedoorブログのトップにいきなり「男ウケしない髪型は…?1位・ボブ」と
出てきて思わずディスプレイを拳で叩き割るところでした。
ライブドアブログからの何らかの預言でしょうか?

自分で書いておいて続きが気になったので、先日書いた、発達障害のような話の続きを書いてみます。
興味がない方はすみません。




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■会話が噛み合わない

先日の記事に書いた職場以外でも、割と同じような、トンチンカンな会話をよくしてました。
お互い、絶対に真面目に話しているのに、何かこう、ちぐはぐであまり話しが先に進まない。

初めてアルバイトをした時は、社会経験の乏しさからそうなるのだろうと思っていたんですが、その後何年どこへ行っても、そういった「なぜかトンチンカン」という会話の展開については、あんまり変わらなかったです。
ただ、先述した職場で自分のトンチンカンぶりが物凄いという事がわかった事から、危機感を感じて病院で検査をしました。


で、言われたのが

・5W1Hがない会話が理解しづらい
・話しを組み立てるのが下手
・言語外の意味を読み取れない

という事で、もうなんか全部「ああそうですね!」っていう感じがしました。


■あいまいな言い方が難しい

いちばんよくあったのが「なんで」という言葉!これは私にはすごい難しかった!!

仕事でミスをした時とか、
「なんでこんな失敗するの」
という言い方をします。

この場合の「なんで」は、
「なんでこんな失敗するの。(=とっても酷い。これからは気をつけてくれ)」
という意味なのですが、私はそういう言い方をされるたびに、理由を問われているんだと思って、いちいち全部理由を答えていました。

極端な例だと

相手「なんで〜をしないの!」
私「なんでしないのかというと、私は元来急ぐことが苦手なので、〜をしてから〜をしようと思い…」

という具合です。

しかし相手は理由を聞いているわけではないから、そういう対応は屁理屈だとか口答えだという事になります。

が、私にしてみれば、理由を問われたから答えているのに怒られている理由がよくわからない。
わからないので怒っている理由を聞く。
しかも、神経を逆なでしてはいけないと思い、丁寧に、低姿勢で

「なぜ怒られているのかわからないんですよね、スイマセン(^o^;) 
怒ってらっしゃる理由を聞いてもいいですか?(^o^;;)」

という調子でしゃべるので、相当イライラされました…。

これを結構な回数やったので、終いには「真剣にやれ。バカにしているのか!」と言われ、
「真剣」で尚且つ「バカにしていない」という事を証明すべく

「少しもバカにしておりません。」

と真剣な言葉に直して答えて、もちろんすごい怒られました。


もちろん謝ってはいましたけど、内心は
「言われたことに素直に答えているのに、相手がどんどん怒っていく」
というようにしか見えず、殆ど外国人と会話しているような気分でした。


■どうすればよいか

たぶん、ストレートに言われればわかるんです。
「なんで〜が出来ないのか」
ではなく
「〜をしてくれ。」と言われたら理解すると思います。

皮肉っぽいこととかも、たぶんダメです。ニュアンスがよくわからない。

先述の「なんで?」に関しては、

・怒った顔での「なんで?」=相手からすれば「理解出来ない!(怒)」。質問されているのではない。怒られている。
・カジュアルな会話での「なんで?(^^)」=「理解してみたい!話が聞きたい」。質問されている。怒っているのではない。

という感じ。


■何だったら解るのか

ただ、自分で思うのは。会話の場面でしかこういう齟齬が起こらない気がします。
詩や文学における表現のニュアンスを読み取る事は得意だと思います。
字とか絵とか、あと、音楽もそうかなあ。感覚的なもの。

とにかく会話は難しい。

自己判断ですが、ものを作る人の中にいると、作品から意思を読み取れることが多いし、自分もそれを求められるからコミュニケーションが成り立つのだと思う。


いまだによくやりますが、手紙でのやりとりだとうまくいったりします。
言葉と文脈が目に見えて、自分なりの早さで理解できるから。
でもこれは、同じような人でないと「なんで会ったときに言ってくれないの」「面と向かって言って」っていう事になるので、これもまた結構難しい。

職場で、齟齬がないようにしようと手紙を机の上に置いて、あとから「どういう意味」って言われて

「どうもこうも、全部書いたのに何言ってんだろうこの人」

と思ってました。
自分のやり方とかコミュニケーションのルールが一般的でないというのを自覚してからは、なるべく一般的(という風に見える/一般的であると聞いたことがある/大多数の人がそうである)やり方にあわせるようにしています。

けど、それも結構、”想像上の一般”なので、とんちんかんになっている事は多々あります。
外国の人が「日本に来たら和服を着るもんなんだと思った」みたいな感じです。

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だからなんだ、という感じがしますが、書いてみたら気が済みました。
このことについて、障害じゃなくて個性だと言う意見は私ははっきり言って苦手です!!!!!!
だって困ってるし!!!!!!!!!!!!
と言いたい!!


でも、先生から
「出来ない事と出来る事の落差が極端。出来る事はすごく出来る」
と言われて「ほほう!!」となりました。
(偏りがない人は「何事もそこそこ」というのが出来るんだそうです)

実は、出来ないことを克服しようとして、
自分の困っていることについてのリストを作ったり、
困っていることを克服する説明書を作る、
という作業をしたことがありますが、そもそも、そういうリストを作る作業そのものが困難すぎてやめました。
それより、困っている気持ちを作品にする方が自分には建設的でした。

そんなわけで、短所を上回る長所を伸ばさねばならぬので、制作に戻ります。
書いてみたらすっきりしたのでよかったです。