ツイッターでこんな議論をみつけて。
「続・なぜライブハウスはバンドに集客を依存するのか?」 http://togetter.com/li/376824
 
タイトルまんまの内容なんですけど、考えさせられた〜。


自分は絵というやり方で、ギャラリーで展示をしたり、最近ライブハウスでもやるようになりましたけど、そういう、表現の場に来るって、ちょっと勇気いりますよね。
私自身が、作って外に出す側ですけど正直、人を何かに呼ぶ難しさというのは、すごい感じる…。

ギャラリーで展示とかライブイベントだとかで、人と会うのは好きだしやるのは楽しいのだけど、その場での立ち居振る舞いがわかってない場所に行くのって怖いよね!!
画廊とかライブハウスとかさ、日常ではないじゃん!普通!

っていうか、慣れてても怖いです、私は!!なぜだろう!!笑

いろいろあるじゃん…。
作者の人と話したい!と思うこともあるけど、ぼーっと見て「へえ、この人、いいなあ」って思ってちょっとポストカードかなんか買ってふらっと帰りたいときもあるしさ…。
そういう時話しかけられると「d佐織pわgじゃplkぱおしrぱおいwrぱえら」って思うよね?!

やってる側からすると「来るって言ってたのに来なかった、しょぼん」とか、正直あるんですけど、私自身、約束してたのに「ああ…今日、人に会えるモードじゃないや…」っていう時だとちょっと…怖い…。
(これ、どうなんだろう。メンヘラだからなのかな…
人に会うとかどっか行くのにすごい勇気がいるときがある…。スイッチっていうか…)
 
あと、ライブハウスに関しては、その場の性質もあって、夜遊び慣れした人じゃないと来るのが怖いというのはあると思うです。
実際、ハコの性格とか、ブッキングによってイベントの雰囲気って違うけど、そんなことは普段ライブハウスに来ない人はわかんないことだし。
たとえば、吉祥寺のライブカフェに行くのと、渋谷のクラブじゃ、気持ちがぜんぜん違う。
展示で言えば、カフェ展示と、銀座の画廊じゃ違うし…。

でも、行きたい!と思ったら絶対行くようにする。
その「行きたい!」って何なんだろう、と、このまとめ読みながらぼんやり考えていた。


絵描きなんだから絵描いてればいい、
というのは、理屈としては最もなんだけど、絵に興味がない人も見たくなるみたいな
そういう形を作るのも「作り手」の仕事なんじゃないかなあとふと思った。

私が尊敬しているある友人が
「「見る人しか見ない」みたいな所で表現を続けることに意味を感じられない。」
と言い切っていたのを思い出した。

最近「一生懸命作ってればいい」的な感じでいたので、はっとさせられました。
私もどっか「見てくれる人は見てくれてるからそれでいい!」って思って、
ちょっと閉鎖的になっていた感じがするお…。
前よりは能動的だけど、もっともっと、なんか、広める手段。見てもらうきっかけ。
うーん。

こっちから歩み寄らないと、相手も来てくれない。
それって、ふつーに、人間関係と同じだわね…。


ってしみじみしてたらもう夜なのね、
時間って早いわね、イヤんなっちゃうわ。どぅふふふwwww