図書館へ行って作業。お昼食べて、部屋で作業。
7時過ぎ、犬の散歩。月がとっても青いから、遠回りして帰る。

どっかの家から夕飯の匂い。
きれいに咲いたバラの花。いろんな色。「花をとらないで」という看板。
レストランの窓の向こう。談笑する家族。
通りを横切る猫。
地元っこじゃないからわからないのだけど、
この時間に自転車で友達同士ゲラゲラ笑いながら自転車で走ってる中学生って
何をしてるんだろう。不良でもない感じなんだけど。


小学校の頃から自分は別に何も変わってないなあ、と、ふと思う。
時間の流れ方(の感じ方?)とか見るもの、目に付く物、感じ方、
とかが小学生の時の感覚と、情けないほど変わっていない。


今、新しい制作に二つ取り組んでいます。
それがなんと、何の因果か、二つとも、かなり前に
「こんなことやっててどうすんだろう。見せるわけでなし」と思いつつ
部屋でコソコソやっていた作業と、ほとんど同じなんである。

いつかそんな時間は終わって、大人になって、
いろんなモノに巻き込まれたり飲まれたりしてゆくんだろう。
とずっと思ってたはずだし、その日を待っていた気さえするのに、
今こうして誰かとの関わり合いの中でその制作をしているのが
とっても不思議でなりません。

感覚っていうのは、あちこち迷っても結局、
ぐるっと回って元に戻るものなんだろか。




トキン
妙にセンチメンタルになってしまったので
地元の文房具屋で先日買ったひどい千代紙を紹介して終わりにします。
この顔はひどいよ。

とても素敵だ!